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東京地方裁判所 平成元年(ワ)2181号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

理由

【事 実】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野一郎に対し、九五〇〇万円及びこれに対する平成元年三月一九日から支払済みまで年五分の割分による金員を支払え。

2  被告は、原告甲野太郎及び原告甲野花子各自に対し、五五〇万円及びこれに対する平成元年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者及び診療契約

(一) 被告は、肩書地で東京女子醫科大学病院(以下「被告病院」という。)を営む学校法人である。

(二) 原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)及び原告甲野花子(以下「原告花子という。)は、被告との間で、昭和五九年一月二一日、原告花子が被告病院に入院し、被告が、原告花子の出産について適切な診療、分娩介助及び施術をする旨の診療契約、並びに出生してくる新生児原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)のために、同人の出生介助及び出生後に同人に適切な診療をする旨の診療契約を締結した。

2  原告花子の出産の経過と原告一郎の障害の発生

(一) 原告花子は、原告一郎を懐胎していた当時三五歳であり、高年初産であつたが、妊娠中の経過は良好であり、後記(二)の入院以前に被告病院で受けてきた定期検診でも異常は全くなかつた。

(二) 原告花子は、出産予定日が同年二月三日であつたが、妊娠三八週一日時点の同年一月二一日(以下、特に断らない場合には、同日のことである。)午前五時ころ、分娩徴候の少量の出血と陣痛開始があつたため、同日午前、被告病院産婦人科を訪れて受診したところ、破水していることが認められ、入院の指示を受けて直ちに入院した。

(三) 原告花子に対し、午前一一時四五分ころから陣痛促進剤の点滴投与による分娩誘発の措置が採られ、原告花子は、午後四時四〇分ころ、分娩室に入つたが、その陣痛は微弱であり、シントシノンの混注点滴により陣痛を促進したり、医師が原告花子の上に馬乗りになつてその腹部を押したりしたが、有効な陣痛は得られず、胎児が娩出できない状態が続いた。

(四) 午後九時ころから胎児心拍数が低下し始め、産瘤が著明となり、また、原告花子が排した羊水が混濁するなどの症状が現れ、午後一〇時には、右諸症状が更に強まつた。すなわち、一分間当たりの児心拍数は、午後九時一〇分に一四四拍であつたが、午後九時三〇分には一二〇拍となり、午後一〇時一〇分には毎分一〇八拍まで低下し、午後一一時四五分及び翌二二日午前〇時時点でも同じ状態であつた。また、羊水混濁は、午後九時一〇分には「+」程度であつたが、午後一〇時四〇分には、「++~+++」と悪化し、さらに午後一一時四五分の時点でも「++~+++」であり改善されなかつた。

(五) 原告花子は、午後一一時四五分、子宮口全開大となり、翌二二日午前零時には、胎児心拍数が低下した。原告花子の分娩介助を担当した村山医師は、吸引分娩を二回試行したがいずれも吸引カップが滑脱し、さらに二回試行しても成功しなかつたため、しばらく様子を見た上、帝王切開により胎児を娩出することとし、原告太郎方に電話連絡して同人を病院に呼び、分娩経過と帝王切開の必要性を説明した上で同原告及び原告花子から手術の承諾をとつた。

(六) 原告花子は、同日午前二時すぎまで分娩室に放置されていたが、そのころ突然産気づき、午前二時一二分、経腟分娩により原告一郎を娩出した。

(七) 原告一郎は、娩出時に仮死状態であつたが、娩出時点で分娩室には医師がおらず同室にいた看護婦は、原告花子に何も言わずに原告一郎を抱き抱えて同室から出ていつた。

(八) 原告一郎は、仮死産による脳出血により重篤な脳性麻痺の障害を残し、終生寝たきりの生活を送らざるをえず、全介護が必要な状態である。

3  被告の債務不履行

(一) 帝王切開などの遅れ

(1) 被告病院の医師らは、診療契約における履行補助者として、妊婦の出産に当たり胎児の状態を的確に把握し、胎児に仮死の危険があるときは、直ちに帝王切開による急遂分娩をするなどして、仮死産によつて出生した子に重篤な障害が生じることを回避すべき義務がある。

(2) 本件事故が発生した昭和五九年当時、胎児仮死の徴候を把握するために、胎児心拍数の変化と陣痛の関係を経時的に記録する分娩監視装置を備えて利用するのが有効であるとされていたところ、本件では、原告花子は微弱陣痛が続き、胎児仮死に至る危険性が高かつたのであるから、担当医の村山医師らとしては、分娩監視装置によつて胎児心拍数の変化を的確に把握し、胎児仮死の診断に必要な検査項目である胎児抹消血ペーハーを測定するなどして、胎児仮死の徴候を早期に発見し、帝王切開による急遂分娩などを行つて胎児仮死の発生・進行を防止すべき義務があつた。そして、前記2(四)のとおり、胎児心拍数の低下、産瘤の著明化、羊水の混濁等の胎児仮死を疑わしめる重要な徴候たる諸症状があり、昭和五九年一月二一日午後一〇時ころから右症状が更に強まつたのであるから、遅くとも右の時点では原告花子は帝王切開をする適応状態にあつたものであり、速やかに帝王切開により胎児を娩出すべきであつた。

(3) しかるに、村山医師は、胎児抹消血ペーハーを測定せず、前記諸症状から窺われる胎児低酸素状態を改善するための有効適切な処置も採らず、漫然と経腟分娩を続け、帝王切開の時期を逸した。その結果、胎児は酸素欠乏状態となり、これを原因として原告一郎の脳出血を伴う重症新生児仮死がもたらされた。

(二) 仮死産後の処置の誤り

(1) 被告病院の医師らは、新生児が仮死状態で生まれた場合、直ちに適切な方法による酸素投与など必要な蘇生処置を採り、新生児に重篤な障害が生じることを回避すべき義務がある。

(2) しかるに、原告花子は、分娩第二期に至つた以降である二二日午前零時ころから分娩室に放置されて医師の介助のない状態で新生児を娩出し、仮死産に対する準備も行われていなかつたため、出生した原告一郎に対して適切な蘇生処置が採られなかつた。右適切な蘇生措置の懈怠も原告一郎が重篤な障害を残した原因のひとつである。

(三) よつて、村山医師らを履行補助者として原告花子の分娩に当たらせていた被告は、債務不履行により、原告らに対して、原告らが被つた損害を賠償する義務がある。

4  損害

(一) 原告一郎の損害

(1) 積極損害

ア 現在までの治療費 二〇万円

原告一郎は、昭和五九年一月二二日から同年四月七日までの七七日間、被告病院に、昭和六〇年二月四日から同年六月一日までの一一八日間、東京都立神経病院に、それぞれ入院して治療を受けた。また、その後、被告病院、心身障害児総合医療療育センター等で通院治療を受けたが、その日数は九〇日以上である。これらの治療費のうち、公的負担を除く額は二〇万円を下らない。

イ 将来の治療費 三〇万円

将来生ずべき治療費のうち、公的負担部分を除く額は三〇万円を下らない。

ウ 入院付添費 八七万七五〇〇円

原告一郎の入院については近親者の付添いが必要であつたところ、付添費として入院一日につき四五〇〇円が相当であるから、前記アの入院日数合計一九五日分の付添費は八七万七五〇〇円である。

エ 入院雑費 二三万四〇〇〇円

原告一郎の入院に要した雑費は、一日一二〇〇円が相当であり、前記アの入院日数合計一九五日分の総額二三万四〇〇〇円である。

オ 通院付添費 一八万円

原告一郎の通院にも近親者の付添いが必要であつたところ、付添費は、通院一日につき二〇〇〇円が相当であるから、前記アの通院日数の合計九〇日分の総額は一八万円である。

カ 通院交通費 一〇万円

原告一郎の通院に要した交通費は一〇万円を下らない。

キ 介護料 三一六〇万五七円

原告一郎には近親者の介護が必要であり、介護料は一日四五〇〇円が相当であるから、生涯の介護料は、これに三六五を乗じた一年間分の額に六七年間のライプニッツ係数を乗じた三一六〇万〇〇五七円となる。

(2) 後遺障害による逸失利益 三三四一万二五七七円

ア 就労可能年数

原告一郎は、昭和五九年一月二二日生まれの男児であり、満一八歳から満六七歳まで四九年間の就労が可能である。

イ 収入

昭和六二年の賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・男子労働者学歴計による全年齢平均年収額は四四二万五八〇〇円である。

ウ 労働能力喪失

原告一郎は、重篤な本件脳性麻痺の後遺障害が残り、右障害は後遺障害別等級表の第一級三号に該当し、労働能力喪失率は一〇〇パーセントである。

エ ライプニッツ係数

原告一郎が新生児仮死による障害を受けたのは零歳の時であり、これに適用されるライプニッツ係数は、次のとおり、七・五四九五と算出される。

六七-〇=六七に対応するライプニッツ係数 一九・二三九〇

一八-〇=一八に対応するライプニッツ係数 一一・六八九五

一九・二三九〇-一一・六八九五=七・五四九五

オ 以上により、原告一郎が失つた逸失利益を計算すると、三三四一万二五七七円となる(計算式 四四二万五八〇〇円×七・五四九五=三三四一万二五七七円)。

(3) 慰謝料 二〇〇〇万円

原告一郎の前記2(八)の後遺障害による精神的苦痛を慰謝するための相当額は二〇〇〇万円を下らない。

(二) 原告太郎及び原告花子の各損害 各五〇〇万円

原告太郎及び原告花子は、それぞれ原告一郎の親として、被告の債務不履行を原因として原告一郎に前記2(八)の後遺障害が生じたことにより、原告一郎が死亡した場合と比肩すべき精神的苦痛を受けた。右精神的苦痛を慰謝するための相当額は、それぞれ五〇〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用 原告一郎につき 八〇九万五八六六円

原告太郎及び原告花子につき 各五〇万円

原告らは、被告が前記(一)及び(二)の各損害を任意に賠償しないため、原告ら訴訟代理人に対し、本件損害賠償請求訴訟の提起遂行を委任し、日本弁護士連合会報酬等基準規程による弁護士報酬を支払うことを約した。原告らは、右弁護士報酬のうち、原告一郎について八〇九万五八六六円並びに原告太郎及び原告花子についてそれぞれ五〇万円について、被告が負担すべきことを求める。

(四) 損害合計額

以上により、原告らが賠償を求める損害額は、原告一郎につき、九五〇〇万円並びに原告太郎及び原告花子につき、それぞれ五五〇万円となる。

5  結論

よつて、被告に対し、いずれも債務不履行による損害賠償として、原告一郎は九五〇〇万円、原告太郎及び原告花子はそれぞれ五五〇万円並びに右各額に対する本件訴状送達の日の翌日である平成元年三月一九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1はいずれも認める。

2  同2の(一)及び(二)の事実はいずれも認める。

同(三)のうち、原告花子に対して午前一一時四五分ころから陣痛促進剤の点滴投与による分娩誘発の措置が採られたこと、原告花子が午後四時四〇分ころ分娩室に入つたこと、陣痛が微弱であつたためシントシノンの混注点滴により陣痛を促進したこと及び胎児娩出に至らなかつたことはいずれも認め、その余の事実は否認する。

同(四)の事実のうち、午後九時一〇分の児心拍数が原告主張に近いものであつたこと、また、同日午後九時ころ羊水混濁が認められたこと、右時点での混濁の程度は「+」であつたが、午後一〇時四〇分及び午後一一時四五分の時点でそれぞれ「++~+++」であつたことはいずれも認め、その余の事実はいずれも否認する。

同(五)の事実は認める。ただし、二二日午前零時の心拍数の低下は、継続的又は基線における低下ではない。

同(六)のうち、原告花子が午前二時一二分、経腟分娩により原告一郎を娩出したことを認め、その余の事実は否認する。

同(七)のうち、原告一郎は、娩出時に仮死状態であつたこと及び娩出時点には分娩室には医師がいなかつたことは認め、その余の事実は否認する。

同(八)のうち、原告一郎に脳出血のあつたこと、重篤な脳性麻痺の障害を残し、終生寝たきりの生活を送らざるをえず、全介護が必要な状態であることは認め、その余は争う。

3  同3の(一)のうち、(1)は認め、(2)は争う。

同(3)のうち、村山医師が胎児抹消血ペーハーを測定しなかつたことは認め、その余は否認又は争う。

4  原告の主張3の(二)のうち、(1)は認め、(2)のうち、原告花子が新生児を娩出した時点で医師の介助がなかつたことは認め、その余は否認又は争う。

5  同(三)は争う。

6  同4は不知又は争う。

三  被告の主張

1  原告花子の分娩の経過

(一) 外来受診から分娩室に入るまでの状態

(1) 原告花子は、昭和五九年一月二一日午前に被告病院において外来受診した。その際、骨盤X線撮影をした結果、児頭骨盤不均衡は存せず、経腟分娩可能と判定された。

(2) 原告花子の入院後の午前一一時、原告花子に対し浣腸を施し、分娩監視装置を装着して外測法によつて胎児心拍数及び陣痛図(CTG)を描記した。胎児心拍数のデータは、主に右装置から発する超音波ドプラ音の五秒ごとの聴取数(五秒ごとの聴取数とするのは従来の慣習に基づく。場合によつては右装置に表示される一分間当たりの心拍数)を時の経過に従つて助産婦分娩経過表(以下「分娩経過表」という。)に記載した。陣痛の間歇及び持続に関するデータは、分娩監視装置、医師による子宮体部の触診及び産婦の自覚痛から得られたものを時の経過に従つて分娩経過表に記載した。また、分娩監視装置から発するドプラ音を聴取することができない場合又は右装置に表示される心拍数が読み取れない場合は、可能な限りトランスジューサー(児心音採拾用探触子)を移動して聴取に適した部位に改めて装着し、常時児心拍数の測定に努め、右の聴取し又は読み取つたデータを分娩経過表に記載した。

(3) 午前一一時四五分、陣痛が微弱であつたため、五パーセントグルコース五〇〇ミリリットル及びプロスタルモンF2α二〇〇〇単位を点滴して陣痛を促進した。その後、ソリターT3五〇〇ミリリットル、ビタミンB1一〇ミリグラム、ビタミンC五〇〇ミリグラム、パンスポリンピギー二グラム及び五パーセントグルコース五〇〇ミリリットルの点滴を施行した。同日午後四時四〇分、原告花子は、陣痛間歇三ないし四分、陣痛発作二〇ないし三〇秒という状態で分娩室に入つた。午後五時から、原告花子の分娩介助は、当日の当直医である村山医師及び大平医師の担当となつた。

(二) 分娩第一期の状態

(1) 午後五時五分の時点では、胎児心拍数正常(正常値は、毎分一二〇ないし一六〇拍である。)、子宮口七センチメートル開大、児頭下降度SP「+1」及び産瘤「+」という状態であつた。その後、児心拍数は正常値を持続した。

(2) 午後九時一〇分から三〇分にかけては、児心音は毎分一三二ないし一四四拍で正常値の範囲内にあつた。午後九時一〇分、子宮口は八ないし九センチメートルに開大し、児頭下降度はSP「+-0」ないし「+1」であつたが、胎児の低酸素状態を示すと考えられる軽度(「+」程度)の羊水混濁が出現したので、その改善を図るため、原告花子の鼻から毎分三リットルの酸素投与を開始した。午後九時三〇分、原告花子の陣痛は、間歇四分及び発作一五ないし二〇秒という微弱状態で持続したため、前記(一)(3)記載の午後四時から点滴を開始していた五〇〇ミリリットルのグルコースの右時点の残量二〇〇ミリリットルに子宮収縮剤シントシノン二単位を混ぜて注射し、陣痛を促進した。その結果、間歇時間は二ないし三分に短縮したが、発作時間は二〇ないし二五秒で有効陣痛は得られなかつた。

(3) 午後一〇時一〇分、児心拍数は毎分一四四ないし一五六拍で正常、児頭下降度SP「+2」の状態であつた。

(4) 午後一〇時四〇分、児心拍数は毎分一三二ないし一四四拍で正常値にあつた。羊水混濁は進行して「++~+++」という程度になつたが、右時点では前記(2)記載の午後九時一〇分に開始した酸素投与を継続していた。

(5) 午後一一時五分(分娩第二期四〇分前)、心拍数基線は毎分一五〇拍であつたが、分娩監視装置の表示上に児頭圧迫による早発性一過性徐脈を認めた。右診断の根拠は、胎位は頭位であり分娩第二期が迫つていた状態で、陣痛とほぼ同時に児心拍数の低下が認められ、陣痛終了とともに基線水準に回復する徐脈であつたためである。したがつて、右徐脈は胎児仮死によるものではなかつた。

(三) 分娩第二期の状態

(1) 午後一一時四五分、原告花子の子宮口は一〇センチメートルの全開大となり、分娩第二期に入つた。この時点では、児心拍数は毎分一六〇拍で正常であり、羊水混濁は「++~+++」という状態であつた。また、児頭回旋の異常又は後方後頭位若しくは前方前頭位と判断される胎勢の異常が予測された。

(2) 同日午後一一時五五分ころ、村山医師は、羊水混濁症状は「++~+++」という程度であり、児心拍数に胎児低酸素症の特徴的所見とされる遅発性一過性徐脈又は高度変動一過性徐脈がなかつたので、軽度低酸素状態にあると診断した。しかし、原告花子の陣痛が微弱であること及び児頭回旋の異常又は胎勢の異常から分娩遷延が予測され、右遷延によつて軽度低酸素状態から胎児仮死に移行する可能性もあることを考慮し、原告花子の分娩を促進補助するため、吸引分娩を行うことを決定した。右吸引分娩の適応を認めたのは、児頭回旋の異常又は胎勢の異常による分娩遷延を危惧したためであり、重症胎児仮死による急速遂娩を目的としたものではなかつた。

(3) 吸引分娩に当たり、原告花子に対する酸素投与量を毎分五リットルの割合に増量した。この時点では児頭下降度SP「+2」程度で児頭が骨盤を通過することが可能とされる状態にあつた。村山医師は、右状態の下で原告花子の会陰に切開を入れた上、陣痛発作に合わせてクリステレル圧出法を併用して吸引分娩を二回施行したが、いずれも吸引カップが滑脱した。吸引分娩操作中に生じる児心拍の徐脈は、原告花子が深呼吸をすると正常範囲(毎分一二〇ないし一六〇拍)に回復するので、その回復を待ち、原告花子の陣痛発作に合わせて、三回目及び四回目の吸引分娩を施行したが、児頭の下降が見られなかつたため、村山医師は、同月二二日午前零時三五分ころ、吸引分娩を中止した。この間の児心拍数は毎分九六ないし一〇八拍であつた。

(4) 村山医師は、右のとおり吸引分娩によつても児頭の下降が見られないため、経腟分娩は困難と考えて、同日午前零時三五分過ぎころ、帝王切開をすることを決定した。原告花子の家族に帝王切開の件を電話連絡した上、大平医師とともに帝王切開の準備をした。すなわち、原告花子の胸部X線撮影を行い、既検の血液、出血・凝固時間、血液生化学などをチェックした。また、輸血の準備(交叉試験を含む。)を行い、原告花子の心電図を採取して、さらに被告病院の麻酔科及び手術室へ連絡した。午前一時二〇分過ぎころ、原告太郎が被告病院のナースセンターに着くと、村山医師は、同人に対し、原告花子の分娩経過と帝王切開の必要性を説明し、同人から帝王切開をすることに対する同意を得た。

(5) 村山医師及び大平医師が帝王切開の準備をしている間、分娩室では、助産婦及び看護婦が母児を監視していた。すなわち、原告花子に持続的に分娩監視装置を装着して常時児心音聴取に努め、処置時にもできるだけ聴取するようにして、分娩経過表に五秒ごとの児心音の測定値を記載した。同日午前一時過ぎから、児心音は次第に改善の傾向が認められ、午前一時三〇分においては、児心拍数は毎分一四四拍となり、原告花子の努責時には低下するものの、後記(三)(2)の分娩に至るまで児心拍数基線(ベースライン又は基準心拍数)は正常であつた。児頭下降度はSP「+2」の状態であり、胎位は後方後頭位又は前方前頭位と判断され、原告花子においては微弱陣痛が持続していた。

(6) 右のとおり、二二日午前一時三〇分時点の児心拍数基線は毎分一四四拍程度に回復しており、児頭も陣痛時にはやや下降するように感じられたので、村山医師は、一時様子を観察できるものと判断し、帝王切開を一時延期することとした。

(7) 村山医師は、助産婦に対し、母体又は児心音に異常が生じたら直ちに当直医に報告するように申し伝え、原告花子が経腟分娩に至ることを期待して、麻酔科及び手術室の人員に対し、待機するように連絡した。その後、大平医師はナースセンターで、村山医師は医局でそれぞれ待機した。

(四) その後の分娩に至る経過

(1) 村山医師は、同日午前一時四三分、児心拍数が正常値を持続しているとの報告を受け、原告花子に対する酸素投与量を毎分六リットルから三リットルの割合に減量した。

(2) 同日午前二時ないし二時一二分にかけ、分娩は、原告花子の努責とともに急速に進行し、助産婦と新生児集中治療室(以下「NICU」という。)の看護婦立会いで、午前二時一二分、胎児の顔面が上方を向いて(すなわち、後方後頭位又は前方前頭位の胎位で)経腟分娩に至つた。新生児は、体重三四二六グラム、身長五二・〇センチメートルの男児であつた。なお、娩出時、臍帯巻絡はなかつた。

(3) 原告花子においては、分娩第一期が九時間一五分、分娩第二期が二時間二七分及び分娩所要時間は一一時間五〇分であつた。初産婦の場合、分娩第一期、第二期及び分娩所要時間は、それぞれ一〇ないし一二時間、二ないし三時間及び一二ないし一五時間である。

(五) 原告一郎出生後の状況

(1) 原告一郎は、出生時、アプガースコアが出生一分後一点の重症仮死(仮死[2]度)であつたため、助産婦は、同人に気道吸引、皮膚刺激、酸素投与などの一般的処置を行いその啼泣を促したが、効果がなく、直ちに分娩立会いのNICUの看護婦に同人を渡し、往来に一分とかからない隣室に位置し、当直の小児科医が常在していたNICUの管理下に置く措置を採つた。右措置は、出生児に異常がある場合(例えば、仮死児、未熟児、低出生体重児などである場合)、出生児には異常がなく正常新生児として産科に入院して児に異常が生じた場合、母体に心疾患、糖尿病、腎疾患などの合併症のあるハイリスク児である場合などに、児をNICUの管理にするという当時の被告病院の産科及び小児科間システムに則つたものである。

(2) 村山医師は、同日午前二時三〇分、助産婦から、原告花子に異常はないが、新生児の娩出状態が、アプガースコア一分後一点であつたため(五分後は五点、一〇分後は七点であつた。)、NICUの管理下に置いたとの報告を受けてNICUに直行し、担当の小児科医に分娩経過を説明し、新生児の処置に立ち会つた。

(3) 同日午前三時、原告花子の吸引分娩に際して切開した同人の会陰部を縫合したが、同人に異常はなかつた。その後、村山医師は、原告太郎に対し、原告花子の分娩経過及び原告一郎をNICU管理としたことを説明した。

(4) 村山医師は、原告太郎に対し、昭和五九年一月二三日午後二時ころ、再度原告花子の分娩経過と原告一郎のその後の経過を説明した。

2  原告一郎が重症仮死児として出生した原因

(一) 原告一郎が出生時、重症仮死の状態であつたことについては、前記1の分娩経過、時心拍数の推移などから考えて予想だにされなかつたことである。原告一郎が、重症胎児仮死又は重症新生児仮死となつた原因は、次のとおりと考えられる。

(1) 原告一郎には、素因的異常としての先天性代謝異常症(先天性高乳酸血症・高ピルビン酸血症)があつた。先天的代謝異常症とは、遺伝子に異常があるために物質代謝に異常を生じる疾患であり、多くの場合、生体のある特定の酵素の働きが先天的に著しく低下しており、右酵素によつて代謝されるべき物質がそのまま又は別の物質に転換されて体内に滞留する。右滞留物質が生体に有害なものである場合は、生体機能に障害を生じ、複雑な機能を有する組織である脳は特に障害を受けやすく、しばしば重篤な脳障害が見られる。また、右酵素によつて生成されるべき物質は欠乏するが、それが生体にとつて重要なものである場合、その欠乏によつて種々の症状を生じる。原告一郎の罹患していた先天性代謝異常症は、生体に有害な物質である乳酸が体内にたまつたために生じた疾患である。

(2) 分娩時、特に分娩直前には妊婦の子宮収縮が強くなり、児頭圧迫や臍帯圧迫によつて一過性徐脈又は低酸素状態が反復して生じる(これは正常分娩においても必然的に生じるものである。)が、原告一郎の場合は、前記アの素因的異常としての先天性代謝異常症により胎児予備能が不足していたことから、分娩直前に生じる低酸素状態下でも、極めて容易に嫌気的解糖系が進行して血中に乳酸が増加し、高乳酸血症アシドーシスが生じたため、胎児低酸素症による重症仮死の状態で娩出されたものである。

(二) 先天性代謝異常症は、胎児の代謝が主に母体によつて調節されることが多いため、妊娠中に胎児に異常な徴候が発現することは稀である。また、右異常症は羊水診断により判定しうるが、原告一郎の場合も出生前にこれを疑う所見はなく、羊水診断の適応はなかつた。

(三) したがつて、原告一郎の新生児仮死発症について被告病院の医師らに債務不履行と目すべき不手際があつたとはいえないし、先天性代謝異常症を事前に知見していなかつた点にも落ち度はない。

3  村山医師らの診断・処置の妥当性

(一) 一月二一日午後一〇時前後の時点の判断・処置

前記1(二)の(1)ないし(5)及び記載のとおり、村山医師らは分娩監視装置によつて母児の状態の把握に努めており、原告花子が分娩第一期に入つた一月二一日夕刻から分娩第二期に至るまで、胎児仮死の徴候となるべき児心拍数の低下の事実はなく、原告花子に帝王切開の適応はなかつたものである。したがつて、その間に村山医師が帝王切開を選択せず経腟分娩の継続を試みたことが、債務不履行を構成するものではない。

(二) 胎児抹消血ペーハー測定について

胎児抹消血ペーハー測定は侵襲性の検査法であり、日本では現在でも分娩中のペーハー測定は全く普及していない。したがつて、村山医師らが胎児抹消血ペーハー測定をしなかつたことは胎児の酸素状態の診断上の過失とはならない。

(三) 胎児低酸素状態の改善等の処置

前記1(二)(5)のとおり、午後一一時五分時点に見られた児心拍数の一過性変動は、児頭圧迫型の早発一過性徐脈であり胎児仮死の徴候である低酸素型のものではなかつた。しかし、羊水混濁の所見及び原告花子の分娩経過から胎児低酸素症発症の危険性を考慮して、母体への酸素投与を継続して行い、またその後吸引分娩による分娩促進を行つたのであり、低酸素状態の改善その他低酸素症を防止し母児の安全を確保するために十分適切有効な処置を行つており、何らの違法はない。

(四) 原告一郎の娩出前後の対応

前記1(二)(7)及び(三)のとおり、帝王切開を一時延期した後も、助産婦らが母児の状態を監視し、帝王切開施行のために待機をしており、原告一郎の出生後は、助産婦らが応急処置の後、直ちに新生児集中治療室の管理下に置き、新生児に対する処置がとられたのであつて、その措置に不適切、不手際はなかつたものである。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1の(一)の(1)の事実は認める。

同(2)のうち、同日午前一一時、原告花子に対し浣腸を施し、分娩監視装置を装着して外測法によつて胎児心拍数及び陣痛図(CTG)を描記したことは認め、分娩監視装置を装着した時刻は知らない。

同(3)のうち、同年一月二一日午後五時から原告花子の分娩介助は、当日の当直医である村山医師及び大平医師の担当となつたことは知らない。その余の事実はいずれも認める。

2  被告の主張1(二)の(1)の事実はいずれも認める。

同(2)のうち、同日午後九時一〇分から三〇分にかけては、児心音は毎分一三二ないし一四四拍で正常値の範囲内にあつたことは否認し、児頭下降度はSP「+-0」ないし「+1」であつたこと及びシントシノン混注による陣痛促進の結果、間歇時間が二ないし三分に短縮したことはいずれも知らない。その余の事実はいずれも認める。

同(3)のうち、同日午後一〇時一〇分時点の児心拍数が毎分一四四ないし一五六拍で正常であつたことは否認し、その余の事実は認める。

同(4)のうち、同日午後一〇時四〇分時点の児心拍数が毎分一三二ないし一四四拍で正常値の範囲内であつたことは否認し、その余の事実は認める。

同(5)のうち、同日午後一一時五分(分娩第二期四〇分前)、一過性徐脈を認めたことは認め、その余は否認し又は争う。

3  被告の主張1の(三)の(1)のうち、同日午後一一時四五分、原告花子の子宮口は一〇センチメートルの全開大となり、分娩第二期に入つたこと及び羊水混濁は「++~+++」という状態であつたことはいずれも認め、児心拍数は毎分一六〇拍で正常であつたことは否認し、児頭回旋の異常または後方後頭位若しくは前方前頭位と判断される胎位の異常が認められたことは知らない。

同(2)のうち、午後一一時五五分ころの時点で、羊水混濁症状は「++~+++」という程度であつたこと、分娩遷延が予測されたことはいずれも認める。胎児の低酸素状態については軽度であるとの点を除いてこれを認め、吸引分娩についてはこれを行うことを決定したとの事実の限度で認め、その余は否認し又は争う。

同(3)のうち、吸引分娩にあたり、原告花子に対する酸素投与量を毎分五リットルの割合に増量したこと、吸引分娩を二回施行したが、いずれも吸引カップが滑脱したこと及び三回目及び四回目の吸引分娩を施行したことはいずれも認め、その余の事実はいずれも知らない。

同(4)のうち、村山医師が帝王切開をすることを決定したこと、原告花子の家族に帝王切開の件について電話連絡したこと、原告太郎が、被告病院のナースセンターに着いた後、村山医師は、同人に対し、約一〇分間、原告花子の分娩経過と帝王切開の必要性を説明し、同人から帝王切開をすることに対する同意を得たこと(ただし、その時刻は午前一時ころである。)はいずれも認める。その余の事実はいずれも知らない。

同(5)のうち、同日午前一時過ぎから、児心音は次第に改善の傾向が認められ、午前一時三〇分においては、児心拍数が毎分一四四拍となり、分娩に至るまで児心拍数基線は正常であつたことは否認し、その余の事実はいずれも知らない。

同(6)のうち、午前一時三〇分ころの時点で児心拍数基線は毎分一四四拍程度に回復していたことは否認し、その余の事実はいずれも知らない。

同(7)の事実はいずれも知らない。

4  被告の主張1の(四)の(1)の事実はいずれも知らない。

同(2)のうち、同日午前二時一二分、経腟分娩に至つたこと及び新生児が、体重三四二六グラム、身長五二・〇センチメートルの男児であつたことはいずれも認め、その余の事実はいずれも知らない。

同(3)の事実はいずれも認める。

5  被告の主張1の(五)の(1)のうち、原告一郎は、出生時、アプガースコアが出生一分後一点の重症仮死(仮死[2]度)であつたことは認め、その余の事実はいずれも知らない。

同(2)のうち、原告一郎がアプガースコア一分後一点、五分後五点及び十分後七点であつたことを認める。その余の事実はいずれも知らない。

同(3)のうち、同日午前三時、原告花子の吸引分娩に先立つて切開した会陰部を縫合したが、同人に異常はなかつたことは認める。村山医師の原告太郎らに対する説明がされたこと自体は認める。その余の事実は否認する。

同(4)の事実は認める。

6  被告の主張2については、(一)(1)の先天性代謝異常症の意義、(一)(2)及び(二)の右異常症が羊水診断により判定しうることはいずれも認め、その余はいずれも否認又は争う。

7  被告の主張3の(一)(一月二一日午後一〇時前後の時点の判断・処置)はいずれも否認し又は争う。

8  同(二)は争う。

9  同(三)のうち、羊水混濁の所見があつたこと、母体への酸素投与を継続して行つたこと及び吸引分娩をしたことはいずれも認め、その余の事実はいずれも否認し、村山医師らが低酸素状態の改善その他低酸素症を防止し母児の安全を確保するために十分適切有効な処置を行つたとの主張は争う。

10  同(四)はいずれも否認又は争う。

第三  証拠《略》

【理 由】

一  まず、原告花子の分娩の経過について判断する。

1  請求原因1及び同2(一)(二)の各事実、原告花子に対して午前一一時四五分ころから陣痛促進剤の点滴投与による分娩誘発の措置が採られたこと、原告花子が午後四時四〇分ころ分娩室に入り、陣痛が微弱であつたためシントシノンの混注点滴により陣痛を促進したが、胎児娩出に至らなかつたこと、午後九時一〇分の胎児心拍数が毎分一四四拍程度であつたこと、同時刻に羊水混濁が認められたこと、右時点での混濁の程度は「+」であつたが、午後一〇時四〇分には「++~+++」であつたこと及び午後一一時四五分の時点でも「++~+++」であつたこと、同2(五)の各事実(ただし、児心拍数の低下が継続的又は基線の低下であることを除く。)、原告花子が二二日午前二時一二分、経腟分娩により原告一郎を娩出したこと、原告一郎が、娩出時には仮死状態であつたこと、娩出時点には分娩室には医師がいなかつたこと、及び原告一郎に脳出血があり、重篤な脳性麻痺の障害を残したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いのない事実に、《証拠略》を総合すると、原告花子の分娩の経過について、次の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 原告花子(受診当初は旧姓の乙山花子)は、昭和五八年六月一四日、被告病院産婦人科で妊娠六週間、分娩予定日昭和五九年二月三日との診断を受けた。当時、原告花子は三五歳であり、高年初産となつたが、妊娠中の経過は良好であつた。

(二)(1) 原告花子は、昭和五九年一月二一日早朝、血性帯下・破水があり、被告病院で受診後入院した。入院時においては、前期破水の状態にあつて、子宮口が二センチメートル開いていた。また、骨盤X線撮影の結果、児頭骨盤不均衡はなく、経腟分娩可能と診断された。入院後、原告花子は分娩待機室において分娩に備えた。

(2) 被告病院においては、午前一一時一〇分ころ、原告花子に対し浣腸を施した上、分娩監視装置(児心音及び児心拍数並びに陣痛を同時かつ連続的に計測・記録し、分娩状態を監視する装置)を装着し、外測法(児心音用探触子及び陣痛用の各探触子を母体腹部に装着し、それぞれ超音波ドプラ音の利用による心拍及び心拍波形並びに子宮圧力変化による陣痛波形を計測・記録する方法)によつて胎児心拍数及び陣痛状態を測定し、胎児の状態の把握に努めた。

(3) 午前一一時四五分、原告花子の陣痛が微弱であり、前期破水による児感染等の防止のため陣痛促進を図る必要があるとの判断から、被告病院においては、五パーセントグルコース五〇〇ミリリットル及び陣痛促進剤のプロスタルモンF二アンプルの点滴投与を開始し、午後一時四五分から、ソリターT3五〇〇ミリリットル、ビタミンB1一〇ミリグラム、ビタミンC五〇〇ミリグラム及びパンスポリンピギー二グラムの点滴を施行した。

(4) 前記プロスタルモン点滴は午後四時ころ終了し、続いて五パーセントグルコース五〇〇ミリリットルの点滴を施行したが、そのころから、原告花子において陣痛が強まり努責感が生じ、次第に強まつた。午後四時四〇分、原告花子は、陣痛間歇三ないし四分、陣痛発作二〇ないし三〇秒及び陣痛性状が「中ないし強」という状態で分娩室に入つた。同日夕刻ころからは、原告花子の分娩介助は、当日の当直医である村山医師及び大平医師の担当となり、村山医師が原告花子の診断・処置・分娩介助をし、当時研修医であつた大平医師はその指示によつて補助的な仕事に携わつた。他に助産婦、看護助手及び看護学校の学生各一名が、原告花子の分娩に関与することとなつた。

(5) 分娩室入室後は、分娩監視装置を原告花子に継続的に装着して分娩状態を観察した。午後五時五分の時点では、胎児心拍数は正常(正常値は毎分一二〇ないし一六〇拍である。)、子宮口は七センチメートルに開大し、児頭下降度はSP(座骨棘。SPは両側座骨棘を結んだ線を基準線とする児頭下降度の指標であり、胎児先端部が右線上にあるとき「+-0」とするものである。)「+1」、軽度の産瘤(「+」程度)が認められた。その後、児心拍数は正常値を持続した。

(三)(1) 午後九時一〇分時点の児心音は正常値の範囲内にあつた。また、子宮口八ないし九センチメートルに開大し、児頭下降度についてはSP「+-0」ないし「+1」という状態であつたが、胎児の低酸素状態を示すと考えられる軽度(「+」程度)の羊水混濁が出現したので、その改善を図るため原告花子の鼻から毎分三リットルの酸素投与を開始した。

(2) 午後九時三〇分、原告花子の陣痛は、間歇四分及び発作一五ないし二〇秒という微弱状態であつたため、午後四時から点滴を開始した五〇〇ミリリットルのグルコースの残量二〇〇ミリリットルに子宮収縮剤シントシノン二単位を混ぜて点滴注射し、陣痛促進を再開した。この時点での児心拍数は正常値の範囲内にあつた。その後、午後一〇時一〇分の時点で、間歇時間は二ないし三分間に短縮したが、発作時間は二〇ないし二五秒で有効陣痛は得られなかつた。右時点の児頭下降度はSP「+2」の状態であり、児心拍数は毎分一五〇ないし一〇八拍の範囲内で、正常値又は限界値にあつた。

(3) 午後一〇時四〇分、胎児に対する刺激反応が更に強まり、羊水混濁は「++~+++」という状態となり、また、著明な産瘤も見られた。右時点では前記の午後九時一〇分に開始した酸素投与を継続していた。

(4) 午後一一時五分(分娩第二期四〇分前)、分娩監視装置の表示に徐脈が認められた。村山医師は、児頭圧迫によると判断し、その旨助産婦に説明し、助産婦は分娩経過表の午後一一時五分の欄に児頭圧迫の存在を意味する「Head Compression+」と記載した。

(四)(1) 午後一一時四五分、原告花子の子宮口は全開大一〇センチメートルとなり分娩第二期に入つたが、羊水混濁については改善が見られず「++~+++」という状態であつた。児心拍数は毎分一〇〇拍程度であつた。また、通常の分娩においては児頭の小泉門が上(母体腹方)、大泉門が下(母体背方)を向いて娩出されるものであるが、本児においては原告花子の内診所見で、その逆転が窺われたことから、村山医師は、児頭回旋の異常又は後方後頭位若しくは前方前頭位と判断される胎勢の異常を疑つた。

(2) 午後一一時五五分ころ、羊水混濁症状は改善されず「++~+++」という程度であつたが、児心拍数に胎児低酸素症の特徴的所見とされる遅発性一過性徐脈又は高度変動一過性徐脈が認められなかつたため、村山医師は、胎児は軽度の低酸素状態にあると診断した。しかし、同医師は、原告花子の陣痛が微弱であり、また児頭回旋の異常若しくは胎勢の異常による分娩遷延が起こり、そのために軽度低酸素状態から胎児仮死に移行する可能性もあるものと判断し、分娩を促進補助するため、吸引分娩を行うこととした。

(3) 吸引分娩を開始するに当たり、原告花子に対する酸素投与量を毎分五リットルの割合に増量した。この時点では、児頭が骨盤を通過することが可能とされる状態である児頭下降度SP「+2」の状態であつた。村山医師らは、まず、児に対して負担をより少なくするために原告花子の会陰に切開を入れた上、分娩台脇の吸引分娩装置に滅菌保管してあつた吸引カップを連結してこれを児頭の後頭部に装着し、原告花子の陣痛発作に合わせて吸引分娩を施行した。その際、クリステレル圧出法(産婦の上にまたがり、その子宮底を産道の方向に向かつて手で圧迫して娩出を促す方法)を併用した。吸引分娩は、二二日午前零時から零時一〇分にかけて二回施行されたが、いずれも吸引カップが児頭から滑脱した。午前零時及び零時一〇分の児心拍数は、それぞれ毎分九二ないし一〇八拍程度であり、吸引分娩における牽引中は徐脈が生じたが、原告花子が深呼吸をすると一定範囲での回復が認められた。そこで、村山医師は、その回復を待つて原告花子の陣痛発作に合わせて、三回目及び四回目の吸引分娩を施行したが、児頭の下降が見られなかつたため、同月二二日午前零時三五分ころ、吸引分娩を中止し、再びシントシノン等の注射に切り換えた。

(五)(1) 村山医師は、吸引分娩によつても児頭の下降が見られないため、経腟分娩は困難と考え、同日午前零時三五分過ぎころ、帝王切開をすることを決定した。同医師らは、原告花子の家族に帝王切開について電話連絡した上、原告花子の胸部X線撮影等の諸検査の実施、麻酔医への連絡等帝王切開の準備をした。その後、麻酔科医師が麻酔準備のため分娩室を訪れた。同日午前一時ころ、原告太郎が被告病院のナースセンターに着くと、村山医師は、同人に原告花子の分娩経過と帝王切開手術について説明し、同人から帝王切開をすることに対する同意を得、次いで原告花子も、看護婦が持つてきた手術承諾書に拇印を押捺した。

(2) 村山医師らが帝王切開の準備をしている間、分娩室においては、助産婦及び看護婦が分娩監視装置等により母児を監視した。児心音は、同日午前一時過ぎころには毎分一二〇拍程度であつたが、午前一時三〇分には毎分一四四拍程度まで回復し、原告花子の努責の際には児心拍数は毎分八四拍程度まで低下するが、直ちに回復するという状況であつて、分娩監視装置の表示上に基線としての「著明な徐脈」は認められなかつた。

(3) 村山医師は、右のとおり児心拍が正常値範囲内に回復した上、児頭下降度の増加も認められたため、経腟分娩に至る可能性が高くなつたものと判断し、そのころ、帝王切開を延期して様子を見、一時間後にその時点の状態によつて再度帝王切開を施行するかどうかを決定することとし、助産婦及び看護婦に対し、母体又は児心音に異常が生じたら直ちに医局に報告するように指示し、医局に戻つた。

(4) 大平医師は、一旦村山医師と共に医局に戻つたが、間もなく再び病棟に戻つて、帝王切開の準備のための輸血の交叉試験を続けたりしていた。

(5) 村山医師は、同日午前一時四三分、児心拍数が正常値を持続しているとの報告を受け、原告花子に対する酸素投与量を毎分六リットルから三リットルに減量した。

(六)(1) 同日午前二時ないし二時一二分にかけ、原告花子の努責とともに分娩が急速に進行し、原告花子は、助産婦とNICUの看護婦立会いの下に、午前二時一二分、胎児の顔面が上方を向いた状態で(後方後頭位又は前方前頭位の胎勢で)、経腟分娩に至つた。新生児(原告一郎)は、体重三四二六グラム、身長五二・〇センチメートルの男児であつた。なお、娩出時に臍帯巻絡はなかつた。

(2) 原告花子においては、分娩第一期が九時間一五分、分娩第二期が二時間二七分及び分娩所要時間は一一時間五〇分であり、いずれも初産婦の平均所要時間の範囲内に収まつている。

(七)(1) 原告一郎は、出生時、アプガースコア(分娩後一分後、五分後及び一〇分後の各時点の胎児の心拍数、呼吸、筋緊張、反射及び色の各事項について、それぞれ二点として一〇点満点で胎児の状態を評価する方法であり、〇ないし二点の場合は重症仮死、三ないし七点は軽度又は中程度の仮死、八点以上は正常と評価されるものである。)が出生一分後一点の重症仮死(仮死[2]度)であつた。助産婦は、同人に気道吸引、皮膚刺激、酸素投与などの一般的処置を行いその啼泣を促したが、効果が見られなかつたため、直ちに分娩立会いのNICU担当の看護婦に同人を渡し、往来に一分とかからない隣室に位置し、当直の小児科医が常在していたNICUの管理下に置いた。NICUの管理下に置いた措置は、出生児に異常がある場合(たとえば、仮死児、未熟児、低出生体重児などである場合)、出生時には異常がなく正常新生児として産科に入院した後に児に異常が生じた場合、母体に心疾患、糖尿病、腎疾患などの合併症のあるハイリスク児である場合などに児をNICUの管理にするという当時の被告病院の産科及び小児科間システムに則つたものである。

(2) 村山医師は、午前二時三〇分、助産婦から、原告花子に異常はないが、新生児の娩出状態が、アプガースコア一分後一点であつたため(五分後は五点、一〇分後は七点であつた。)、NICUの管理下に置いたとの報告を受けてNICUに直行し、担当の小児科医に分娩経過を説明し、新生児の処置に立ち会つた。

なお、原告一郎に対して翌二三日に行われたCTスキャン検査で脳室内出血が認められ、脳室内出血後に水頭症が発症した事実等も確認され、重篤な脳性麻痺の障害を残した。

(3) 同日午前三時、原告花子の吸引分娩に先立つて切開した会陰部を縫合したが、同人に異常はなかつた。その後、村山医師は、原告太郎に対し、原告花子の分娩経過及び原告一郎をNICU管理としたことを説明し、翌二三日午後二時ころ、再度原告花子の分娩経過と原告一郎のその後の経過を説明した。

以上のとおり認められる。

なお、原告一郎の児心拍数について、原告らは、一分間当たりの児心拍数が二一日午後九時一〇分には一四四拍であつたが、午後九時三〇分には一二〇拍となり、午後一〇時一〇分には一〇八拍まで低下し、午後一一時四五分及び翌二二日午前零時の時点においても同様の状態が継続したと主張し、原告花子の入院診療録中の分娩経過図表の記載内容は原告らの右主張に沿うものであるが、他方、分娩経過表によれば、他の時刻のデーターは算定誤差の範囲で分娩経過図表の記載とほぼ合致するが、午後九時三〇分には「一四四(一二×六)」、午後一〇時一〇分には「一五〇(一二×六、一三×六)」と記載され、分娩経過図表の記載と異なつている(午後一一時四五分には「一〇〇」と記載され、ほぼ分娩経過図表の記載と一致する。)。そして、吉田証言、大平証言によれば、右分娩経過図表は、大平医師が、原告花子の分娩、胎盤娩出後に、分娩経過表、分娩監視装置による記録を参照して、作成したものであり、他方、分娩経過表は、分娩室において分娩に立ち会つた助産婦が、分娩監視装置から発する超音波ドプラ音の聴取り数や右装置に表示される一分間当たりの心拍数により記載したものであることが認められ、その作成過程によれば、いずれも高い信憑性を有するものであるところ、前示のとおり、原告一郎の児心拍数の記載内容の一部に差異があり、いずれかに記載の誤りが存するものというほかはないが、仮に、心拍数を分娩経過図表によつても、後記の判断を左右するものではないので、心拍数については、右両者の記載の間にあつたとの認定にとどめるものとする。

二  以上の認定事実を前提に村山医師らの過失について判断する。

1  帝王切開の遅れについて

原告は、原告一郎の新生児仮死を引き起こした胎児仮死の徴候が、一月二一日午前九時過ぎころから心拍数低下や羊水混濁として現れ、午後一〇時ころにはその傾向が更に強まつたという前提の下に、右時点では帝王切開手術を施行すべき義務があつたと主張する。

(一) 出産などの人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、人の生命及び健康の維持のために必要とされる最善の措置を講じるべきであるが、医師が、診断、治療に当たつて負うべき注意義務の基準となるべきものは、診断、治療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であつて、しかも、医師の診断、治療は、相当高度の専門知識と技術を必要とする上、担当医師の間に見解の相違の生じることも、やむを得ないことであるから、通常の医師のなすべき水準に基づく診断方法に従つた相当なものである限り、違法又は義務違反の責めを負うことはないと解される。

(二) 《証拠略》によれば、帝王切開は、吸引分娩などとともに、急速遂娩の一つであつて、母体に対する侵襲である上、麻酔による危険も伴うこと、急速遂娩の適応として胎児仮死、分娩遷延等が挙げられること、急速遂娩の方法については、分娩の進行度、母児の状態、緊急度、娩出までの見込所要時間等の諸要因を考慮し、その総合的判断によつてこれをすべきものであるところ、帝王切開は、児頭が高く、子宮口の開大が十分でないときに、吸引分娩は子宮口全開大、児頭下降度がホッジ第三平面以下(すなわち座骨棘平面以下)の場合にそれぞれ適応するが、児頭骨盤不均衡がない場合には分娩第二期においては経腟分娩を促進することも可能な選択肢であつて、吸引分娩は、分娩遷延、胎児回旋異常、母体疲労等の懸念や合併症のある妊婦の分娩の場合にも用いられること、急速分娩の適応としての胎児仮死の判断は、高度の羊水混濁、低酸素型の児心拍変動パターンや児心拍数基線の低下等の有無・性状等の総合考慮によること、胎児仮死の治療・処置としては酸素投与、胎児予備機能強化のためのグルコース投与等が考えられるが、根本的には低酸素状態の原因の除去又は分娩の早期終了が必要であること、羊水混濁が「++~+++」であつて児心拍数基線が(持続的に)毎分一〇〇ないし一二〇拍(軽度徐脈)である場合は、胎児仮死の危険があるが、陣痛発作時に毎分一〇から三〇拍までの心拍数の変動があるのは常であつて、陣痛間歇期に速やかに回復する場合には、危険の徴候ではないことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(三)(1) ところで、原告花子の分娩について、二一日午後九時から二二日午前一時ころまでの間に、羊水混濁の発生・その進行及び産瘤が存し、児心拍数が低下したが、その程度は、正常値の範囲をやや超えるという程度のものであつたことは、前示一のとおりである。そして、右時間帯において、村山医師が、原告花子の分娩について採つた処置及びその経緯は、前示一のとおりであり、酸素投与量の増加、吸引分娩の施行、帝王切開手術の決定、その中断の処置を経由している。

(2) まず、村山医師が、午後九時ころから午後一一時五五分ころまでの間に採つた前示一の処置についてみるに、同医師が午後九時一〇分ころ、右軽度の羊水混濁が示す胎児の低酸素状態を懸念してその解消のため酸素を毎分三リットルの割合で投与を開始し、羊水混濁の悪化に対しては酸素投与量増加という処置を講じているが、右時点において、分娩監視装置上に児頭の圧迫によると考えられる一過性の徐脈が認められたものの、児心拍数は基本的には正常であつたこと、子宮口が八ないし九センチメートル以上に開大した等の事情の下では、村山医師が陣痛促進剤を投与して分娩促進を図りつつ、急遂分娩を選択せず前記処置を採つたことには、専門的知見に基づく相当な根拠があり、右処置に違法又は義務違反があつたとは認められない。

(3) 次に、村山医師は、二一日午後一一時五五分ころ、羊水混濁が改善されないこと及び児頭の回旋異常又は胎勢異常を疑い、急遂分娩として吸引分娩を選択して計四回施行したが、いずれも胎児娩出に至らず、その直後の翌二二日午前零時三五分ころには帝王切開施行を決定してその準備をしたことは前示一のとおりである。

村山医師が吸引分娩を施行するに至つた前示一の経緯についてみるに、児心拍数が午後一〇時一〇分ころ毎分「一五〇から一〇八拍」程度になり、同一一時四五分には一〇〇拍程度になつており、右の一〇〇拍近い数値自体は、軽度徐脈にある上、羊水混濁も改善されなかつたものの、村山医師が吸引分娩を決定した時点では、子宮口は全開大、児頭も下降度SP「+2」程度で骨盤出口付近にあつたこと、右徐脈は吸引分娩中においても著明なものではなく、「深呼吸により回復する。」程度であり、また、帝王切開が吸引分娩より母体に対する負担が大きいと考えられるところ、村山医師は、午後一一時五五分ころ、まず、胎児娩出を円滑化するために会陰切開を施行するなどの処置をした上、吸引分娩を試み、胎児娩出に至らなかつたため、やむなく二二日午前零時三五分に至り、帝王切開の決定をしたものであり、右診断、処置には、専門的知見に基づく合理的な根拠があつて、少なくとも通常の医師のなすべき判断、処置を逸脱したものとは認められず、この点についての村山医師の判断、処置に違法又は義務違反があつたとは認められない。

(4) また、村山医師が二二日午前一時三〇分ころ、帝王切開を一時延期し、分娩室における帝王切開の準備を維持して事態の急変に対処しうる条件を保持して、医局に引き上げたことは前示一のとおりである。

帝王切開を中断した前示一の経緯についてみるに、村山医師は、午前一時、午前一時三〇分の各時点での児心拍数が、毎分それぞれ一二〇拍、一四四拍、一五二拍及び一四〇拍であつて、いずれも正常値の範囲内にあり、それ以前の徐脈に基づく低酸素症又は胎児仮死への移行の懸念は減少したものと判断したが、右判断は、その後の午前一時四三分、午前二時における児心拍数がそれぞれ毎分一五二拍、一四〇拍程度の正常値にあつたことによつても、その正当性が裏付けられるものである(そのため、午前一時四三分の時点で酸素投与量を減じた。)。右判断は、帝王切開が母体に対する侵襲であり、麻酔による危険も伴うものであつて、経腟分娩が可能であればこれによることが望ましいことを考慮すると、右の村山医師の判断、措置は、専門的知見に基づく根拠があり、右判断、措置に違法又は義務違反は認められない。

さらに、帝王切開を一時延期した後に村山医師及び大平医師が分娩室にいなかつた点については、村山医師の指示の下に、分娩介助の資格、能力を有すると認められる助産婦及び看護婦が分娩室において常時分娩監視装置の数値及び原告花子の状態を観察し、異常があれば直ちに村山医師らに連絡する体制となつていたこと、右助産婦らの観察所為について格別の不適切な点は見出しえないこと等の前示一の事情に照らせば、村山医師らの医師が分娩室において継続的に母児の状況を把握するのがより万全であつたと一応いえるとしても、監視を助産婦らに委ねた措置が不適切であるとはいえず、右措置に違法又は義務違反があつたとは認められない。

(四) また、原告らは、胎児抹消血ペーハー測定をしなかつたため胎児仮死の診断をするに至らなかつた旨の主張をするが、《証拠略》によれば、胎児抹消血ペーハー測定は、胎児仮死の診断において有効な方法ではあるが、侵襲性の検査法であり、通常実施し難いものとして省略されることが認められ、よつて、村山医師らが胎児抹消血ペーハー測定をしなかつたことをもつて、直ちに胎児の酸素状態の診断上過失があつたとすることはできない。また、右検査を施行しないときは分娩監視装置の観察による母児の状態の把握が重要となるが、本件でこの点に関する不手際があつたと認めるに足る証拠は見出しえないから、結局右測定を行わなかつた点に関して違法又は義務違反があるとは認められない。

2  仮死産後の処置の誤りの主張について

前示一のとおり、原告一郎の娩出後、助産婦は気道吸引その他一般的処置を行い、その後遅滞なく新生児集中治療室の管理・処置に委ねたと認められるのであつて、右処置・過程に原告一郎の障害の重篤化をもたらした原因があるとは認められず、したがつて、右処置に違法又は義務違反があるとは認められない。

3  したがつて、村山医師らにおいて原告ら主張のいずれの違法、義務違反も認められないから、これらの者を履行補助者とする被告に債務不履行責任が生じるものではない。

三  以上の次第であつて、原告らの被告に対する各請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筧 康生 裁判官 深見敏正 裁判官 内堀宏達)

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